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帯同記 2

 

スパルタスロン帯同記 1はこちらね。

 

10月1日

レースでは90km地点にあたるコリントス遺跡を経由して向かったのはアテネのお土産屋街、プラカ。

沖縄で言えば国際通り、東京で言えば・・・そこらじゅう。

つまり旅行者でごった返すエリアです。

 

ギリシャ土産と言えば!

革サンダル。

専門店の在庫すごい。

 

1足3000円くらいが平均なので日本と比べると3分の1くらいでしょうか。

 

ワラーチマニア垂涎の品揃え。。。

 

この日は表彰式がアテネ選手村付近のグリファダであって、全公式日程終了となります。

ということで選手村のあるグリファダに移動。

 

ホテルは日本人選手の選手村となっているホテルのすぐ隣にゲット。

ギリシャ最終日だし、夜はどうせ表彰式が日付をまたぐ頃まで繰り広げられるのでホテルはどんな所でもよし!

ということで選手村の隣でなおかつ安い1軒をチョイス。

 

帯同記1をご覧になった皆さんからは

「ちょ・・・応援メンバーのホテルどこも安いのにヤバくない?情報教えて」

な声が多かったのだけど、今回は↑ここね。

 

 

 

 

 

 

で・・・、安い理由、空いていた理由・・・・・。

もしかしてラブホ???

 

夜になるとその予想的中。

ラブホ確定。

やっぱり安くてヤバかった。

MIRADAじゃなくてMIDA・・・以下略。

 

岩本ちんの部屋(笑)↓

 

 

さて!気を取り直して表彰式にまいりましょう。

19時からの予定に対して始まったのは時間の感覚に緩いギリシャにしては出来過ぎの20時30分開始。

 

会場はこんな感じ。

僕的に屋外表彰式は初。

 

 

里奈どんと左右のお二人は日本人通訳の方のご息女。京都とギリシャのハーフちゃん。

 

2000年チャンプの大瀧さんと2018年チャンプの石川くん。

何を語る?

ちなみにお二人の24時間走自己ベストの合計距離は541km

つまり東京から京都までをお二人でリレーしたら48時間で到着します。

 

で、今年もやっぱり最後はこれ↓。踊り狂う世界中のスパルタスリート達。

 

前々日に246kmを走った人たちとは思えません。

日付が変わっても踊り続けるわけですからスパルタスロンにはまずはこの辺からアプローチしてみてもいいかもです(うそ)。

 

さて、ホテルに戻り2秒で就寝。

3秒後に起床。

 

10月2日

ホテルを暗いうちに出発。

空港でレンタカーを捨て、8時半発便でミラノに出発。

 

すぐに見えてくるのがレースの81km地点にあたるコリント手前のコリントス運河。

判りにくいけど↓2本の赤い→ ←で挟まれた陸地にうっすらと直線が見えません?

それがコリントス運河。

画像借りて見てみましょう↓。

Wikipediaによると・・・、

エーゲ海からコリンティア湾を船の近道として作られたそうで、約6.4kmあるとか。

レース中、ここにかかる橋をランナーは走ります。

高い所がダメな岩本ちんは超恐怖。。。

今回の選手Kの通過場面。

(羨ましくてムカつくので画像は小さく)

 

レースのコース的にはこの赤い線ね。

 

ミラノまでは確か2時間半くらい?でした。

到着後はマルペンサ空港からミラノのど真ん中へ人目をしのんで酒盛り電車移動。

アルコール8.6%のビールがあり、ビールの飲み方のままグビグビ飲むものだからソッコー酔います。

 

ミラノ中央駅。選手Pと前を行く応援メンバー。

 

駅すてき。

 

ドゥオーモの前で黒人ペテン師にハトの餌代として10ユーロ巻き上げられる応援者C

いや、彼はスイスの某企業に勤務していて全世界を飛び回る旅慣れたビジネスマンです。

が・・・、やられました(よい思い出)。

 

 

フランスのレースに来た時に入ったお店が実は近くて。。。

 

さっそく夜そこで選手Pの4回目の快走祝い。

イタリアはどこも本当にご飯がおいしいです。

 

続いて選手Pの快走祝い・・・、

 

で、夜ねて、朝起きて、ヒコーキ乗って、ドバイに着いて、

空港で選手Pの快走祝いして、

 

選手Pはこのパスポートで乗ろうとして拘束され、

 

僕たちは彼をドバイに置いたまま飛行機に乗って日本に帰ってきましたとさ。

おしまい。

 



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